ブログ

日本の貨幣(コイン) どっちが表で、どっちが裏?[西尾市~コイン]

今日のなるほど!

「今日のなるほど!」 先日、「04-022:昭和63年(1988年) 貨幣セット Mint Set ミントセット」をご紹介しました。 その時には触れませんでしたが、上記の写真を見ても「表」とか「裏」とかの表記はないんですね… 上段の写真を見ると、 「5円黄銅貨」以外は「アラビア数字(算用数字)」で「額面」が表記されています。 中央下の「年銘板」も「アラビア数字(算用数字)」ですね。 他には「アラビア数字(算用数字)」と「漢数字」のごちゃ混ぜですが、「年銘(製造年)」が「和暦」で表記されています。 下段の写真を見ると、 すべての貨幣に「漢数字」で「額面」が表記されています。 それと、日本らしい? 落ち着いた柄が表現されています。 関係ないですが、「年銘板」もその年の「龍」になってますね。 少なくとも、欧米人が見ても、こちら側だけでは使いづらいですよね。 結論から言いますと、「現在は法律上どちらが表とかは決まっていない」そうです。 わかりにくい表現ですが、正しく言うとそうなるのです。 もう少し詳しく、お話ししますと… 「現在は…」というなら、「昔は?」ということになりますよね。 そうなんですよ。 「昔」は決まっていました。 明治になって、日本も近代貨幣が登場します。 外国の貨幣は基本的に国王や領主の肖像が片面にあり、そちらを「表」としていることが多いです。 従って、外国に認めてもらうような貨幣が必要でした。 「天保通宝」や「寛永通宝」では諸外国からバカにされてしまいますからね… しかし、日本は当時「天皇は神」であった為、人民の手に触れ 汚れることはよろしくないということで、天皇の肖像に代わる「龍紋」を図柄にしました。 そして、そちらを「表」と公表していました。 私的にもその意見には賛成です。 明治27年(1894年)の日清戦争の時に『「龍紋」は中国の象徴ではないのか!』という意見がでた為、「龍紋」から「菊の紋章」側を法律上「表」と決めました。 戦後、「GHQ(アメリカ兄さん)」が「菊の紋章」の使用を禁止した為、「表」が無くなってしまったのです。 当然、法律からも「表」を決める部分が無くなりました。 そこからは、日本人らしい?柔軟な対応で『どちらが「表」とか「裏」とか決めません』ということを決めたわけです。 ただ、実際に貨幣を作っている造幣局の現場では『今まで「菊の紋章」の裏側に「年銘」があったので、こちらを「裏」と呼びましょう』ということになり、それが一般に浸透したらしいです。 つまり、日本の貨幣は「裏」の反対が「表」になったわけです。 戦争で負けるということは「表」も「裏」も決められないということなのでしょうか? 「白黒」付けないモヤモヤ感が日本人らしくて、個人的にはすんなりと自分の中に入ってきました。 ということで、上段が「裏」で下段が「表」ということになります。 まだまだ、面白い話がありますが、今日はここまでです。     西尾市の方で各種コインでお困りの方は、西尾市の開運 令和堂が解決できると思います。

当店はいつでもご相談無料です。

皆様とお会いできる日を心待ちにしております。

0563-68-0311

営業時間 10:00〜19:00 年中無休

メールはこちら